ルールと縛りは紙一重

rule 日常の生活で必要な戒め

自分主体か他人主体かで異なる

たくさんの物事があります。
基本は正しい物事で世の中成り立っています。
ある程度のルールが世の中にはあって、基本的にそのルールに従う事で社会は平和を保たれています。

ルールというものは規模によって個々に多少の違いはありますが、その場所ごとにもあります。
それは社則であったり、校則であったり、もっと小さい規模だと家族内でもルールというものがあったりします。
ルールというものは時の流れと共に時代に則さなくなって来ると修正されたり、全く新しいものが創られたりします。

基本ルールは秩序を保つ為に守られていますが、中にはこれくらいのルールであれば守らなくても大丈夫だろうと勝手に決め付けてルールを破ろうとする人もいます。

またルールというものも、秩序を保つ為のものであればルールと呼べますが、特定の人やものに限ったルールに関してはルールというよりも縛りや制裁という表現の方が近しいものもあります。
これはどちらかと言うと、特定の人やものが特定の人やものから利益等を搾取する目的で使われます。
これも規模の大小があって、国単位でもありますし、小さいと企業組織内にもあったりします。
この縛りや制裁を受けたものが、後々に禍根を残す為にトラブルになる事が多いです。

最近はルールと縛りを混同されているケースをよく見掛けますが、ルールは制定された組織の全体に向けられるのに対して、縛りはその組織の一部などピンポイントという違いがあって、向けられる方向が全体と一部という大きな違いもあります。
その利益もルールは制定された全体が得られますが、縛りは特定の人しか利益を得られません。

縛りは結果として、縛る方も縛れる方も良い結果は得られません。
決められたルールの中でつつがなく過ごす事が一番いいですね。

 

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